• 徹底排除宣言

kaikan小説 39|おどろかないで

もう何年も自分の体を鏡で見たことがない。家中にある鏡という鏡は全部捨てた。幸いにも勤務先は洋菓子をつくる工場で皆一様に白い帽子を被りマスクをし宇宙服のようなもので身を包んでいるため晒されているのは目だけであって他はない。あまり人に関わらず淡々とこなせる仕事があったことに何年も働いているのに至極ありがたいと思う。

時は残酷にいや、平等に流れていく。そうして年をとっていく。あたしはいつの間にか40歳の大台にのっている。いささか信じられない。ほとんど社会との関わりを絶ってきたのだから。

あたしの身体には生まれつき無数の大きな『イボ』あるいは『おでき』がある。その大きさは様々でぶどうくらいの大きさのものや干しぶどうくらいの大きさのものまで数えたらきりがないほど身体中に散らばっている。頭皮にまで出来ているのだからもはや施しようがない。レーザーで焼くにしても何年もかかる上お金だってかかる。生まれつき。幼い頃からあるにはあったけれど年齢を重ねることに増えていき大きく育っている。

その中の『イボ』がポロッと取れて血が止まらなく病院にいくと、あれ? そんな突然取れることなどないよね、と、不思議そうな声でいいよどみ、一応病理検査にだしますね、と、付け足した。そうですか、それ以上はなにも訊かなかった。いろいろとどうでも良くなってしまっていた。なので最後だと思って、男性をお金で買うことにした。お金はたくさん持っている。『イボ』の治療費にはほど遠いけれど。お金で男性が買える時代。あたしは別に勇気なども出さないで軽く電話をし男性をホテルに呼んだ。ドキドキするかと思ったけれどそれも杞憂でまったくドキドキしなかった。男性に肌を見せたことはない。なのでもちろん誰とも付き合ったこともないしキスもない。

もしこのまま死んでしまうのなら、そう思うとなにもかもが嘘の世界に思えたし嘘で固まった自分でいられると感じたしもし、あたしの裸を見て来た男性が眉根をひそめてもいいとさえ思っていた。

こわいものがもうなかった。

「お待たせしました」

待ち合わせ場所のホテルの部屋で待っていたら時間どおりに男性は来た。

「いえいえ。待ってませんよ」本当に待ってなかったのでそうこたえた。

「あ、すみません」男性はぺこりんと頭をさげ、「なおき」です。と挨拶をした。ゆみです。お願いします。あたしもぺこりんと頭を垂れる。

「あのぅ、」ちょうど夜が始まる時間たいだった。窓からの景色にまだ薄明るさが残っている。

「はい」

なおきさんが返事をかえす。すみわたるような低音質の声。あたしは薄明かりの中ゆっくりとブラウスのボタンに手をかける。なおきさんは立っていたけれど、なにもいわないでベッドの縁に腰掛けた。

「か、身体に出来物がおそろしいほど出来ていて、」声はなんとなく震えている。なおきさんは、はい、と、また返事をする。

「今まで男性に触れたこともなければ、触れられたこともありません。今夜は最初で最後と思い、呼びました。あ、出来物は人にはうつりませんので」

うつむきがちだったので目の前になおきさんがいることにまるで気がつかなかった。あっ、おどろいて声を上げる。

ブラジャーとショーツになったところだった。薄明るくても身体にある異物は消えるわけではない。なおきさんは、最初、ギョッとなったけれどすぐ今までの顔になって、脱いだブラウスを拾い上げあたしに被せた。そうしてそのままぎゅっと抱きしめた。知らない匂いがして心臓の音がして人の体温の高さにおどろいて温もりが胸を締め付けた。

「無理をしなくてもいいです」

背中をさするなおきさんの手が「大丈夫」「大丈夫」と訴えているようだった。あたしはまたたくまに子どもに戻ったように獣のような雄叫びでおいおいと泣いた。こんなに泣いたのは初めてだった。

「誰にでも悩みはあります。それを隠しながら生きていくのも辛いし見せるのも辛い。どうしていいのかわからない。そんなときは誰かと喋ることです」

うまく呼吸の出来ない中でなおきさんの声がする。

いつかは死にいつかは生まれ変わる。

「あ、ありがとう、」

きっと聞こえてないだろう声でそっと囁く。あたしはまだ生きている。なおきさんがそっと教えてくれた。ありがとう、あたしはまたお礼を心の中でつぶやく。

明日鏡を買おう。あたしの個性だと割り切ることが出きそうな気がしてきてなおきさんの背中に腕を回す。

この記事を書いた人

エロいことが好きな謎のアダルトライター 基本的には眠ることが一番好き